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岩田榮吉の世界

岩田榮吉の作品

 作品点描(23)
  失われた時を求めて(その3 なぜ「レアリテ」か)


岩田は、自分の核心にかかわる記憶の中に現れる情景を、細密にそして迫真的に描きだそうとします。岩田にとってそれはどうしても必要なことだったのです。

岩田は終戦を16歳で迎えました。多くの日本人は、生まれて以来、良くも悪くもなじんできた戦前・戦中の価値体系が崩れ去って、いわば裸の「私」が取り残されたようなむなしい気分の中を漂っていたと思われます。とりわけ精神形成の途上にあった若者にとっては、自分自身でもう一度確かな自分の出発点を決めなければならなかったのです。しかし岩田はパリに来て、そうした状況は日本だけではないことに気が付きます。先進の文化文明を築きながら、一度ならず自殺的戦争を避けられなかったのは、何か根本的な間違いがあったのだと考える人々が少なからずいたのです。

岩田の作品《ランプピジョン(トロンプルイユ)》、「ランプピジョン」とはシャルル・ピジョンという人物の意匠によるランプで、1880年代以降のフランスで石油ランプの代名詞的存在となりました。とくにここで描かれている取手付きのものは、1900~1910年の間に製造された品質保証付きの製品です。そしてこの年代の出来事、画中のアフリカの地図、デバイダー(分割器)、鍵、世界を映すガラス玉、… これらが表わしていることは列強によるアフリカの植民地化・分割。それは二つの世界大戦につながっただけでなく、戦後もその独立をめぐって大きな禍根を残したのです。(人物点描(15)~戦争がもたらしたもの 参照)

『失われた時を求めて』の刊行初年は1913年、ということは既にプルーストは時代と人間の先行きを予見していたのでしょうか。そして、画中のランプのホヤに注目してみましょう。
そこには岩田のアトリエが映り込んでいますが、本来なら制作中の岩田自身も映っているはずのところは何かしら不自然な絵具の付き具合です。一旦自身を描いて消したのでしょうか、いずれにしても描くわけにいかなかったことは確かでしょう。

《ランプピジョン(トロンプルイユ)》 1973年
《ランプピジョン(トロンプルイユ)》1973年

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