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岩田榮吉の世界

岩田榮吉の作品

 作品点描(25)
  《ヴィラ・スーラの緑の部屋》


ヴィラ・スーラはパリの町名、版画家・長谷川潔がアトリエを構えていたところです。
「パリ14区、トンプイソワール街を南に下ってアレジア街との交叉点を過ぎ、少し行くと左手にヴィラスーラという小路」があり、「この町の三番街、ファサードがかまぼこ型の家の二階、広いアトリエと5部屋ばかりのアパルトマン」がそのアトリエでした(引用は駒井哲郎『銅版画のマチエール』美術出版社1976年より)。

岩田の作品《ヴィラ・スーラの緑の部屋》は1981年、長谷川が逝去した翌年に描かれました。部屋の隅にしつらえられた二段の棚、そこにはたくさんのオブジェが並んでいます。縞柄の円錐帽、コーヒーミル、欧州古地図、鎖のついたガラス球、トランプのQ、おもちゃの馬、金色円錐帽の裸の人形、ラケット、家のミニチュア、マンドリン…、これらはすべて岩田の画の中に既に登場したものたちであり、また、壁紙の緑色は岩田が多用したものです。

岩田は長谷川に私淑し、ヴィラ・スーラに足しげく通いました(人物点描(13)~長谷川潔との交流 参照)。長谷川の代名詞的技法「マニエール・ノワール」による静物画(版画)では、あらゆるモチーフが寓意と構成上の創意に満ちています。そして、ガラス球、幾何円錐形、人形、家のミニチュアなどはその中に頻繁に登場します。岩田が長谷川に学んだもっとも大きなものは、静物画に再び意味と物語性を与えるということであり、モチーフとオブジェの扱いであったと言えるでしょう。

最も勉強しなければならないことのひとつとして、岩田は次のように述べています。
「…モチーフの選択というか、つまり発想の緊張度がまだ足りないのではないかと思っております。…それには自分の気持を純粋にして、高度なものだけを追求してゆかないとと思っております。」

― 飯沢匡との対談における岩田の発言 「みづゑ1971年1月号」所収


《ヴィラ・スーラの緑の部屋》は、長谷川への感謝と哀悼を込めた手向けの作品と言えるでしょう。


《ヴィラ・スーラの緑の部屋》 1981年



ヴィラスーラのアトリエにて 晩年の長谷川潔と岩田

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