本文へスキップ
岩田榮吉の世界ロゴ

岩田榮吉の人物と経歴

 人物点描(3)
  1957年暮のオランダ旅行
  (その1 岩崎力氏の示唆)


パリ生活を始めた1957年の暮、岩田は留学生仲間2氏とともにオランダ・ベルギー旅行に出ます。岩田の大きな目的は、かねて憧れていたオランダ・フランドル絵画の名作を実見することでしたが、直前に同じ留学生仲間の岩崎力氏から様々な示唆を得たことによって、とくにフェルメールへの関心を深め、その後の画業に大きな意味を持つ旅行となったのでした。

岩崎力(1931年〜2015年)氏は、岩田と同時期の1957年〜61年のパリ留学を経て、後に東京外国語大学教授となった20世紀フランス文学の研究者で、ヴァレリー・ラルボー、マルセル・プルーストなどを専門としていました。岩崎は、岩田がフェルメールに傾倒していると聞いて、プルーストもフェルメールに着目し、『失われた時を求めて』においてたびたび触れていることを話したようです。

『失われた…』の主要登場人物であるスワンはフェルメールの研究家という設定です。しかも、後にその妻となるオデットからの初めての誘いを「デルフトの作家を研究しているので時間が割けない」と断ってしまうほどの入れ込みようです。また、『失われた…』の語り手である「私」が愛読した作家のベルゴットは、予てお気に入りのフェルメールの《デルフトの眺望》がパリで展覧された際に、気になる批評家の言を自ら確かめようと病を押して出かけ、当の作品の前で絶命してしまいます。

プルーストが『失われた…』を執筆した当時(1910年代から20年代前半頃)、フェルメールは未だ美術史の通説上大きく扱われることのない存在であり、その中でフェルメールに着目したプルーストは独自の高い審美眼をもっていたことがわかります。また、『失われた…』の日本語全訳が出版されたのは1953年〜55年ですから、日本人の間でもこれらのことはまだ広く知られてはいなかったことと思われます。

岩田はオランダ旅行への期待を膨らませるとともに、プルーストにも大きな関心を向けることになったと思われます。


1957年オランダ旅行中の岩田(デルフト駅にて)
1957年 オランダ旅行中の岩田(デルフト駅にて)

人物点描(4) 1957年暮のオランダ旅行(その2 Rijks=アムステルダム国立美術館)へ進む
人物点描(2)〜伊藤廉先生へ戻る

ナビゲーション

バナースペース