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岩田榮吉の作品

 人物点描(5)
  1957年暮のオランダ旅行
  (その3 マウリッツハイス〜デルフト)


1957年12月29日は日曜日でした。マウリッツハイス美術館は午前中は休みのため、デンハーグの町を歩いて時間をつぶし、午後1時の開館と同時に駆け込んだ岩田は、フェルメール《デルフトの眺望》の前に立ちます。

「…吾が目疑ひたくなる程の鮮明さ、強烈さ。これ程Valeursの組立の美しい絵ありや。
冷たいまでにValeurの解釈。
今日始めて気の附いた事。
此の(引用者注:上部の黒い雲と町並み)暗部と明部(引用者注:間の白雲)の対比の美しさ。全くミルクメイドと同程度。空の青さ、やすっぽい程の青さなり。おそるべきてっていした色の解釈なり。又、雲の白さも異常なまでの白さなり。茶の混入みじんもなし。Vermeerこそ世界最大の画家。Proustが、C’est incroyableと嘆賞せるも故なきかな。
絵の具は、よくまぜた不透明色をびっちりぬり込んだ手法。殊に左の赤レンガが目にしみる様に美しい。暗さは殆ど黒に近いまでを使用。ウルトラ・コバルト系の青は透明に使ひ、エマイユの如し。…」
−岩田の日記より 原文のまま



ヨハネス・フェルメール 《デルフトの眺望》1660年頃 油彩 97×118cm マウリッツハイス美術館/デン・ハーグ
ヨハネス・フェルメール 《デルフトの眺望》 1660年頃
油彩/キャンバス 97cm×118cm マウリッツハイス美術館/デン・ハーグ



ここマウリッツハイス美術館のフェルメールは、《デルフトの眺望》だけでなく、今日人気の高い《真珠の耳飾りの少女》もあるのですが、岩田の日記にはほんの1行、「ターバンにもお目にかかる」とだけしか記載がありません。そういえば、Rijks=アムステルダム国立美術館でも、《牛乳を注ぐ女》については執拗なまでの観察ぶりだったのに、《青衣の女》、《恋文》、《小路》の記載はごく簡単でした。

岩田が《牛乳を注ぐ女》と《デルフトの眺望》で共通して感嘆しているのは、「Valeurの正確さ」、「Valeursの組立」です。Valeur(以下、「ヴァルール」と表記します。)は通常「色価」と訳されていますが、字面を見ただけではなかなかわかりにくい言葉です。しかし岩田が感嘆しているのは、明暗の対比、大きな色相差と鮮やかなトーンであり、そうした色の軽重強弱(=ヴァルール)によってあるいは遠近を、またあるいは絵の中で大きな役割をはたす部分を描きわけることが「ヴァルールの組立」といえるでしょう。視覚現象を描きとるに止まらず、徹底した色の選択、塗りの厚みの使い分け等々、絵画的工夫を施してイメージの細部を明らかにしていくことで写実の効果を一段と高めているのです。

12月29日夜、岩田たちはデルフトに向かいます。インフォメーションに立寄り、フェルメールの家の場所を尋ねますが、確かなことは分かりません。この当時、デルフトの街の人々も多くはフェルメールのことを知らなかったのです。一行はさらに、アントワープ、ブリュッセル、ゲントなどを経て、年明け1958年1月2日にパリに帰着します。

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