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岩田榮吉の作品

 人物点描(8)
  1958年のイタリア旅行(その3)


イタリア旅行中の岩田日記に登場する作家・作品のうち、とくに記載の際立ったもの…5点目はもっとも記載の多かったラファエロです。
いうまでもなくラファエロは永らく西欧絵画の美の規準でした。とくにフランスでは、プッサン~ダヴィッド~アングルと続く「本流」の画家たちの憧れとして、そして印象派以降は脱却すべき対象の源として。もちろん岩田もそうした流れを踏まえて、ラファエロを見ていたはずです。

しかし、イタリア旅行ではじめてラファエロのフレスコ画を実際に見て、様々なことがわかったと言います。


ラファエロ・サンツィオ 《アテネの学堂》 1510~1511年
フレスコ 577cm×814cm ヴァティカン宮「署名の間」


岩田が着目したのは、「物と背景の境目」です。『彼の油絵になると物と背景の境目が…あまりにも完璧に出来て…フレスコより少し絵をつまらなくしている』ことです。

フレスコでは技法上の問題からそこまでの仕上げをすることが難しいという事情があるのですが、それでは『そのような微細な技法を無視してしまっても充分絵がもちこたえられている』のはなぜかというと、『あの人物の配置と形、色面の使いわけが圧倒的に立派』であって、この構図こそがラファエロの真価、ルネサンスの真骨頂だと言います。

ラファエロの油絵としてこのとき岩田の念頭にあったのは、同じヴァティカンにあってラファエロ芸術の到達点とも言われる《キリストの変容》(1518年~1520年)かもしれませんが、むしろ、比較的初期の《キリストの埋葬》(1507年)の方であると思われます。


ラファエロ・サンツィオ 《キリストの埋葬(キリストの遺骸の運搬)》 1507年 油彩・板 184cm×176cm ボルゲーゼ美術館
ラファエロ・サンツィオ 《キリストの埋葬(キリストの遺骸の運搬)》 1507年
油彩/板 184cm×176cm ボルゲーゼ美術館


《キリストの埋葬》について岩田は、『形は冷たく、トーンが自然からかなり離れ、かっきり見える〔自然こう見えるだろうか〕』と記し、『ただし、人物の構図はよく出来ている』『やはり構図の天才である』としています。そしてラファエロの構図の核心について、ナポリのカポディモンテ美術館にあった彼のデッサンを見てこう述べています。

『ラファエロのデッサンは、彼の油絵と異なり、まことに力強くいきいきとしている。その点彼のデッサンは彼のフレスコに近い。…輪郭線は幾重にもかさなり、迫真的な美しさをもつ。彼の場合、アングルのような理想形態を追うと云う意識は感じられぬ。ただ結果として非常に形が美しい。…アングル的な形の美しさのためにデッサンが奉仕されていると云うよりも、…かたまりの重なり具合、動きのつらなりに興味はもっぱらそそがれている。』

2度のイタリア旅行を通じて、岩田にもっとも強い印象を与えたのは、ラファエロのフレスコ画でした。そういえば《アテネの学堂》が描き表した世界こそが、様々な衝突・葛藤や言語の違いを超えて文化を共有してきたヨーロッパに通底するものかもしれません。あの《アテネの学堂》において、哲学者たちがそれぞれの自由なポーズで配置されながら全体として高度な調和をつくり出す「構図」、それらを確かに支えている線、トーン、空間表現… そしてそれらが現出させた世界。そのすべてが岩田にとって最大のイタリア土産となったのです。

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