岩田榮吉の作品
作品点描
《ダヴィッド》(もうひとつの《薔薇の貴婦人》)
岩田の《ダヴィッド》は、全体の雰囲気も、描かれた石膏像・レースそして一輪のバラも、何かしら《
薔薇の貴婦人》に通じるものがあります。
確かにこの石膏像はあの「ダビデ」、フィレンツェのバルジェッロ美術館にあるアンドレア・ヴェロッキオ(1435~1488)による彫像の頭部を模したものです。原作は右手に剣を持ち、ゴリアテの首を足元に戦い終えた立ち姿で、緊張感の残る表情ですが、こちらの石膏像には大きなひびが入り、倒れかかっています。羊飼いから身を立て王にまでなったダビデに自らを擬えたナポレオンも、凋落のときを迎えているのです。
1812年に始まったロシア遠征に失敗し、ナポレオンは1814年4月ついに皇位を降ろされエルバ島配流となりますが、まさにその5月、ジョゼフィーヌも亡くなります。その後のナポレオンが、いったんはパリ帰還を果たしたものの、ウェリントン率いるイギリス・オランダ・プロシア軍にワーテルローで敗れ、「100日天下」に終わったことは広く知られています。
さて、岩田の作品中のここはマルメゾン城でしょうか。壁のトランプのカードはクラブのQ。華やかに社交好きだった名残の仮面が残されて鏡に写っています。いくばくかの宝石、預かっていた城の鍵、…ここにいたのはジョゼフィーヌ。離婚したものの、ナポレオンが何かと頼りにしていたジョゼフィーヌも既にこの世を去ってしまいました。情熱を注いだバラ園と薔薇の花を残して。
この作品はもうひとつの《薔薇の貴婦人》なのです。おそらく岩田はこの2作品をほぼ同時に、あるいは並行して描いたものと思われます。
《ダヴィッド》 1966~67年