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岩田榮吉の世界

岩田榮吉の作品

 作品点描
  《人形と鳥》(その2 構図と背景の「黒」)


絵画を論じて「何を描いたのか、どう描いたのか」とはよく問われることですが、岩田がその作品《人形と鳥》で何を描いたのかというと、「私(岩田)と長谷川潔先生」であることは間違いありません。それではどう描かれているでしょうか。

長谷川作品については「画面に登場する一つ一つの物に意味されたところの象徴(サンボル)が付しているように、その位置と画面に占める量にも、氏の明晰な造形思考を印しているのを見るのである(中林忠良「技術と精神の融合が生む黒の手法」みづゑ1979年11月号所収より)と言われます。たしかに長谷川の作品、とりわけ後期の静物作品に関しては、洋画の伝統的な構図法を踏まえていることが容易に見てとれます。

厳選したオブジェにそれぞれの意味が与えられ、その関係性に吟味を重ねれば、最適な配置は自ずと決まります。《人形と鳥》で岩田がもっともシンプルな構図を採用したのは、先生と自分との関係に何も複雑なものがない以上、当然のことであったと思われます。画面に補助線を引いてみれば、画面の下辺を底辺とする二等辺三角形の内に、人形、ガラス球、立方体、城のミニチュア、トランプの札はすべて収まります。岩田のいる世界です。そして三角形のすぐ外側の右上方に鳥とリングがあって、人形たちを見守り励ましています。人形たちが三角形の重心からやや右上方寄りにあるのは、人形と鳥が近しい世界にありたいという願いの反映でしょうか。

そして背景の「黒」。長谷川はそのマニエール・ノワール作品の独特の黒について、「私が西洋の活版インクの油光りのする黒の色に到底満足できなかったのは、幼い頃から唐墨のあの落着いた深味のある色を見慣れていたからです。…西洋の銅版画用インクでああいう褐色、ああいう青藍の色調を創り出すには実に長い忍耐と歳月とを要しました。」と言います(長谷川潔『白昼に神を視る-新装・改訂普及版』白水社1991年p.17)。《人形と鳥》の背景の黒も、実作を見れば、単純な黒でないことがよくわかります。


《人形と鳥》 1970年 (補助線)
《人形と鳥》 1970年 (補助線は筆者による)


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