岩田榮吉の作品
作品点描
《近東への想い》
近代ヨーロッパの幕開けとなった「大航海時代」、海洋への大冒険は、東方からの軍事的圧力のため、またそれにより11世紀以来の東方貿易路が寸断されたために、やむにやまれずはじまったものでもありました。岩田の《近東への想い》(1971年・画集No.45)、《地中海の想い》(1972年・画集No.51)はそうした時代の背景を描いています。
主役は勇猛で鳴らしたオスマン帝国の常備歩兵軍団イェニチェリ。14世紀後半の創設当時はキリスト教徒の戦争捕虜による奴隷軍でしたが、15世紀にはキリスト教徒の中から優秀な人材を集め改宗させて採用する君主直属兵力として強大化し、ビザンツ帝国を滅亡に追いやりました。重い甲冑などはつけず軽装で機動性に富み、ヨーロッパにはなかった軍楽隊メフテルを伴うこともあって、強烈な印象をもたらしました。
岩田の《近東への想い》では、円筒(円錐)形の先から房の下がったオスマン軍独特のフェズ帽をかぶった兵隊人形と、その左上にキリスト教(とくに正教会)の礼拝に用いられる「振り香炉」が描かれて、この人形がイェニチェリであることを表し、その傍らには、メフテルを表すラッパも置かれています。さらに《地中海の想い》ではイェニチェリの特徴ある短剣「ヤタガン」も見え、宝石箱の財宝を支配しています。
ヨーロッパとアジアの隣人たちとの間には、戦火と文化を交えた長い歴史があります。とりわけ数次にわたる十字軍遠征以降は、胡椒などの香辛料をはじめとする希少品だけでなく、例えば「ゼロ」や十進法を含めて「アラビア数字」を用いた数学、航海などに不可欠な天文学・地理学をはじめとして自然科学や医学の知識文化がもたらされ、科学技術発展の基になったのです。岩田の《近東への想い》に小さくながら描かれた三角錐、掛けられている鍵、書物などがそれらを表しています。
「近東への想い」は、脅威と憧憬が重層して交じり合った複雑な想いなのです。
《近東への想い》 1971年
《地中海の想い》 1972年
《オリエントへの憧憬》 1972年
これも同様の内容です。