岩田榮吉の作品
作品点描
《パリの街角》
《パリの街角》は、晩年の岩田には珍しい風景画です。そもそも岩田には実景を写生的に描いた油彩作品はないのですが、とくに1957年に渡仏した後間もない時期までと、旅行中のスケッチなどを除けば、戸外の風物を描いた作品自体がほとんどありません。しかもこの作品《パリの街角》は、サイズこそ小さいものの、建物の配置や空間のとり方など画面の構成が渡仏後間もない1958年作の《モンマルトルの眺め》とほとんど同じなのです。
《モンマルトルの眺め》と《パリの街角》を比べてみると、全体に《モンマルトルの眺め》の方が、建物の壁、石だたみ、レンガ組み、空などにそれらしい描写が見られます。《パリの街角》ではそれらが簡略化されたり省略されたりしています。とりわけ左方の柵の向こうに、《モンマルトルの眺め》では広がる街を見下ろすことができそうですが、《パリの街角》では霧の中なのか、あるいは何もないのかわかりません。
そしてその柵の前に、《モンマルトルの眺め》では帽子、ステッキ、立てかけられた楽器などがあって、今にも楽師が戻ってきそうな気配ですが、《パリの街角》ではたたずむ人が一人だけ、この人もいずれ立ち去ってしまいそうです。29歳当時の《モンマルトルの眺め》から20年以上を経て、《パリの街角》の岩田は52歳。一人たたずむ画中の人物に何を託したのでしょうか。
《パリの街角》 1981年
画集では制作年が1970年となっていますが、その後の調査で1981年と判明しました。
《モンマルトルの眺め》 1958年
《モンマルトル》 デッサン
前記《モンマルトルの眺め》制作のためのデッサンの1枚です。