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岩田榮吉の作品

 作品点描
  ワイン文化(その4:ワインとビール)


ヨーロッパ文化と密接に関係する酒はワインだけではありません。ブドウ栽培に適さないヨーロッパ北部では、すでにローマ時代からゲルマン系民族中心に「麦芽から作った酒」を飲んでいたといわれます。その後、土地の特性を生かし、製法の工夫を加えて保存性の向上を図り、風味の改善に注力しつつ、様々なヴァリエーションを生み出し普及していったことは、ワインの展開と同様です。「ビール文化」を無視することはどうみても片手落ちです。

しかし岩田のどの絵にもビールの気配が見えません。その間の事情を考えるヒントは、岩田の好んだ17世紀オランダ絵画に見ることができます。例えば、岩田が心酔したフェルメールの作中に、ワインは登場してもビールはありません。オランダはビール圏にあり、ワインの生産など微々たるものだったにもかかわらず。また、すぐ南の地域、今日のベルギー辺には個性的なビールが多種生産されていたにもかかわらず。

フェルメール(1632-1675)には、ワインをモチーフにした作がいくつかありますが、《ワイングラスを持つ娘》(《二人の紳士と女》とも)にみられるように、娘が手にしている赤ワインはオランダにはないもの、地中海産あるいはフランス北部産の輸入品です。
それでは当時のオランダでもっと一般的であったはずのビールは、絵画でどう取り上げられているでしょうか。その顕著な事例はヤン・ステーン(1626-1679)に見られます。ビール醸造元を生家とし、自身も居酒屋を営み、多くの「集団飲酒酩酊画」ともいうべき作品を残しています。


ヨハネス・フェルメール 《ワイングラスを持つ娘》 1659~1660年頃 ブラウンシュヴァイク、アントン・ウルリッヒ美術館
ヨハネス・フェルメール 《ワイングラスを持つ娘》 1659~1660年頃
ブラウンシュヴァイク、アントン・ウルリッヒ美術館


「集団飲酒酩酊画」での主役はビールです。フェルメールの娘がビールグラスを持っていたのではサマになりませんし、ステーンの面々がワインでは、ここまで砕けた雰囲気にはなりません。飲めない岩田はこうしたドンチャン騒ぎを好まず、画題においてもビールを敬遠していたのかもしれません。しかしなお重要なことは、アルコール度数の低いビールは、大量に必要とされるうえ、すでにホップを用いていたとはいえ傷みやすく、遠隔地への輸送が大変なために地産地消型で、絵画的イメージの広がりに欠けているように思われたのではないでしょうか。


ヤン・ステーン 《陽気な家族》 1668年 アムステルダム国立美術館
ヤン・ステーン 《陽気な家族》 1668年
アムステルダム国立美術館


ついでながら、時代が下りワイン圏のフランス絵画に登場したビールの一例。マネ《ル・ボン・ボック(美味しいボック)》のボックは、ドイツ北部アインベック発祥ながら南部バイエルンで発展したドイツを代表するビールですが、この作は「アルザス地方の愛国者がドイツを飲込んでいる」すなわち、普仏戦争後のフランス人の心情を表していると解されています。


エドゥアール・マネ 《ル・ボン・ボック》 1873年 フィラデルフィア美術館
エドゥアール・マネ 《ル・ボン・ボック》 1873年
フィラデルフィア美術館



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