岩田の遺品の中に、1961年のナシオナル展の案内状がありました。裏を返すとメモ書きが沢山あります。岩田はメモ帳の類を使わず、用があると身辺に偶々あるものに書きつける癖があったようですが、これは岩田の筆跡ではありません。メモの内容は銅版画制作の用具類、流麗な筆跡は長谷川潔によるものです。長谷川も、おそらく岩田と話をしながら、手近にあったこの案内状の裏にメモを残し、岩田に渡したものと思われます。
メモはフランス語で書かれていますが、いわゆる「ニードル(描画に用いる針状の道具)」、「スクレーパー(版面の修正に用いる刃先のある道具)」から、「寒冷紗(印刷時に版面の余分なインクを拭い取る布)」まで、一連の工程に必須のものが列挙されています。そして岩田が書いたらしいマル印の「トレーシングペーパー」、「透写用鉛筆」、「透写用パステル」と、バツ印の「ニードル」、「ハンドバイス(手持ち万力)」、「タンポ」。マル印の3点は手始めに買うべきもの…ということでしょうか。
1961年頃といえば、岩田は渡仏から4年目、長谷川の知遇を受けるようになって約3年、長谷川は70歳前後。このメモには、長谷川の期待と、岩田の意欲が窺われるようです。