人物点描
加賀乙彦『頭医者留学記』に登場する画家「小岩」
作家の加賀乙彦は岩田と同年の生まれ、同年に政府給費留学生として渡仏し、同じパリの日本館で起居しました。加賀の『頭医者留学記』はこの時期を書いた自伝的作品ですが、そこに登場する画家「小岩」が岩田をモデルにしていることは疑いようがありません。
画家「小岩」の人と暮らしぶりは…
『小岩は…小柄で猫背で蒼白い顔付きで、ささやくような小声で話し…』
『終日、部屋にこもって絵を描いている。…その自閉癖、その集中、その忍耐、驚くべきものである。しかも、太陽光は変化するからいやだと言い、昼日中から暗幕を締め切り、薄暗い電燈光のもとにいる。』
『室内は画布、イーゼル、パレット、絵具、スケッチ板などがごたごたし、それに絵具油の強烈な臭いがする。』
『自閉癖で誰とも付合わないかと見ると、彼の部屋にはしばしば来訪者がある。もっとも三人に二人は居留守をつかって追い返しているらしいが。…訪れてくるのは画家仲間が多く、先輩の給費留学生や在パリ何十年という老人…そのほかにK大学の同窓の音楽家、仏文学者、科学者が来る。』
そして…
『小岩の絵は具象で、景色か人形が主題で、人間を全く描かない。どれも淋しい絵ばかりだ。』しかし、
『…弱々しくて人と議論しないかというと、さにあらず…今やアンフォルメルの時代だと言われようと、それでは画壇に受入れられないと言われようと動じない。そして、日本でいい具象画を描いていた画家たちまでもパリに来るとひどいアンフォルメルに転向すると嘆いている。』
『頭医者留学記』は青春記らしく虚構まじりでちょっと面白おかしい筆致で書かれており、「小岩」についても誇張・戯画化があることはもちろんですが、岩田の一面をうかがわせます。
加賀乙彦 『頭医者留学記』 毎日新聞社 1976年
その後『頭医者事始』『頭医者青春記』と合本され、『頭医者』として1993年中公文庫所収