岩田榮吉の人物と経歴
人物点描
オルドゥネール通りから(その2 ルーヴル美術館へ)
美術館に展示中の絵の前にイーゼルを立て、模写をする人…日本の美術館ではまず見かけない光景ですが、欧米では珍しいことではないようです。ルーヴル美術館では、年間の許可人数が制限されており、順番待ちに何年もかかるとか。やっと許可を得ても与えられる期間は3か月、一般の観覧者もいる中で集中するのはなかなか難しいと思われますが、質の高い収蔵品を常時展示し画家や研究者に資することも旨としているのは流石です。
岩田は模写はしなかったようですが、やはりルーヴルには事あるたびに足を運んでいたことが歌田眞介著『油絵を解剖する』にうかがわれます。
『
岩田栄吉氏がフランスから一時帰国したとき、不躾な質問をしたことがある。岩田さんの絵は写実である。モデルなり静物なりを描くのになぜパリにいるのか、日本でも描けるではないか、と。それに対して岩田さんは次のように話された。『日本にルーブルがありますか?私も日本人だから日本で仕事をしたい。しかし、写実的な仕事をしていても行きづまることがある。どうしていいか迷ったとき、ルーブルへ行けば必ず解決方法が見つかるのです。日本にルーブルがあったら飛んで帰りたい』』
ー2002年 日本放送協会刊より
岩田のアトリエがあるオルドゥネール通り189番からルーヴル美術館まではメトロを乗り継いで40分ほど。フランス絵画が多いのはもちろんのことですが、イタリア・スペイン絵画とほとんど同じくらいの点数の北方ヨーロッパ絵画が収蔵されています。リシュリュー翼3階(フランス流では2階)には、フェルメールをはじめ、レンブラント、ピーテル・デ・ホーホ、ヘラルト・テル・ボルフ、ヤン・ステーン、サミュエル・ファン・ホーホストラーテンなど、おそらく岩田が参考にしたであろう作品が目白押しです。
ヨハネス・フェルメール 《レースを編む女》 1669〜70頃
キャンバス/油彩 24cm×21cm ルーヴル美術館蔵
今日ルーヴル美術館には、岩田の敬愛するフェルメールの作品2点《レースを編む女》と《天文学者》が収蔵されています。しかし、岩田はここで《天文学者》を目にすることはありませんでした。
《天文学者》は戦時中ナチスに押収され、戦後に所有者のロートシルト家(フランスのロスチャイルド家)に返還されたものが、岩田の没後1982年に相続税の一部としてフランス政府に物納され、ルーヴルに収蔵されているからです。