岩田榮吉の作品
作品点描
《地球儀の静物》モチーフの地球儀
岩田に《地球儀の静物》という作品があります。タイトルのとおり地球儀がメインのモチーフになっていますが、この地球儀は他にも《ポルトガル礼賛》(
作品点描~ポルトガルとスペイン(その1:大航海時代) 参照)、《失はれし時を求めて》(
作品点描~失われた時を求めて(その1~4) 参照)、《箱(トロンプルイユ)》、《子供の情景》などの主要作品に起用され、それぞれに重要な役割を担っています。その現物が遺品として残っていますが、破損の修復を機に、詳細を調べてみることにしました(修復前の画像は
作品点描~オブジェ・人形と『蚤の市』 参照)。
「イタリア製」のラベルがあり、19世紀後半以降にインテリア置物として製造されたレプリカと推察されますが、その原型はどの時代のものでしょうか。現存する世界最古の地球儀は、ニュルンベルクのドイツ国立博物館にある1492年製のものとされていますが、この地球儀にアメリカ大陸はありません。コロンブスの発見が同じ1492年ですから、未だそれが反映されていないのです。しかし岩田遺品の地球儀にはアメリカ大陸が描かれています。
日本はどうでしょうか。「ジパング」が紹介されたマルコ・ポーロの「東方見聞録」は13世紀末頃書かれており、岩田遺品の地球儀にもそれらしきものはありますが、きわめて曖昧です。日本列島をはじめ東アジア地域がかなり正確に表されるのは、明末の1602年に北京で刊行されたマテオ・リッチの「坤輿万国全図」からですが、岩田遺品の地球儀にはそれが反映されていません。むしろ1569年のメルカトル世界地図に近いように思われます。
以上を考えあわせると、岩田遺品の地球儀はおそらく16世紀後半のヨーロッパの世界観を反映して17世紀初めころに製作された地球儀を原型としているのではないかと思われます。ちょうどカラヴァッジョの生きた頃の世界観であり、フェルメールの《地理学者》の画中でヤポンスロックを着た学者の後のキャビネット上に置かれた地球儀も同様のものではなかったでしょうか。
カラヴァッジョやフェルメールに学び、「ヨーロッパとは何か」を大きなテーマとした岩田にとって、この地球儀は当時のヨーロッパから見た世界を象徴する格好のモチーフとなったのです。どこでどのようにこれを見出し、入手したのでしょうか…知人から譲り受けたか、あるいは蚤の市で偶々掘り出したか、その経緯は定かでないものの、この地球儀に託すべき意味に思い至った時、岩田の意気は大いにあがったことでしょう。
《地球儀の静物》1970年(画集No.27)
岩田遺品の地球儀(修復後)
「
作品点描~オブジェ・人形と『蚤の市』」に掲載した修復前の画像では星座環と台座板が破損していた。
中央部にアフリカ大陸の一部、その上に地中海とヨーロッパの一部が見える。
アメリカ大陸部分
左上部分に北米大陸の一部が、左下方に南米大陸の一部が見える。
日本列島?
中央部あたりが日本列島のあるべき部分だが…