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岩田榮吉の作品

 作品点描
  《ナルシス》(その2 画中の花)

       


1997年(平成9年)9月、日本橋三越本店で開催された「創立110周年記念―東京芸術大学所蔵名品展」(東京芸術大学/読売新聞社主催、大坂・名古屋・京都にも巡回)は、その前身時代を含めて芸大美術系学生の卒業制作をテーマとし、総計6500点を越える中から約100点を展示したもので、岩田の《ナルシス》も出品されており、さらに全200ページを越える同展図録の表紙には、その一部が拡大使用されています。


《ナルシス》1955

《ナルシス》の該当部分(上記画像の白い四角部分)と
「創立110周年記念―東京芸術大学所蔵名品展」図録表紙


「創立110周年記念―東京芸術大学所蔵名品展」図録表紙


この花は、画面右端に前景として描かれ、背景の構造物と相まって画面の奥行き感を演出し主題の人物を引立てていますが、何の花でしょうか。ナルシスと言えば、直ちに思い浮かぶのは、彼が亡くなった泉の畔に咲いた水仙の花ですが、色も形も大きさも違うようです。一見してクレマチス(テッセン)に近いようにも思われますが、定かではありません。あるいは実在する花ではないのかもしれません。

ところで芸大時代の岩田には、《三色すみれ》をタイトルとする小品(4号)があります。バスケットに盛られた菫を描いており、独立した作品のようでもありますが、この時代の岩田は他に花をモチーフにした静物を描いていません。《ナルシス》にも「三色すみれ」らしい花は見当たりませんが、画面のサイズ(1号相当)や色調などから見て、卒業制作のための習作と考えた方が適切であると思います。


《三色すみれ》
《三色すみれ》


画面右端の花は構成上の効果を生んでいるに止まらず、主題の人物との親近性から人物の特質をも示唆しているとすれば、むしろ実在する花ではなく心象的に創作されたものであると考える方がより適切です。クレマチスの細いけれども強靭なツルと大きな花に、すみれの謙虚で健気なイメージを重ね合わせていたのでしょうか。ナルシスは、自分の無邪気な振舞いがもととはいえ、自ら望んだわけでなく不本意にも自己以外を愛せない境遇に追い込まれました。その点、岩田自身もある意味似た境遇にあることを暗示したかったのでしょうか。


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