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岩田榮吉の作品

 作品点描
  フェルメールと「プチ・メートル」


『レンブラントは頭で描き、テルボルヒは技で描いたが、フェルメールは心で描いている。だから私はフェルメールに傾倒している。』
『私の能力からいうと、やはりオランダのプチ・メートルにいちばん親近感を覚えて、このような人達の仕事を自分もやりたいと願ったわけです。ただ、ご承知のとおり、フランスや他のヨーロッパの国でも、その頃の技術を知っている人は、実際はほとんど絶無という状態であり、ずいぶんその技術書なども読みました。けれども、やはり頭で覚えるだけでは、それがすぐ手を伝わってカンバスの上までいかないので、そのような意味からルーヴルのオランダ部屋に始終通っておりました。やはりたくさん絵を見ることで、本能的にこれがどのように描かれていったのか、少しずつ解るようになり、それを自分に肉付けるよう努力していったわけです。』

―『岩田榮吉画集』求龍堂 1995年7月 p.197,p.196の「岩田榮吉語録」より

今日のようにフェルメールが知られていない1950年代終わり頃から、岩田は17世紀オランダの絵画に傾倒していました(人物点描~1957年暮のオランダ旅行(その1 岩崎力氏の示唆)人物点描~1957年暮のオランダ旅行(その2 Rijks=アムステルダム国立美術館) 参照)。そしてフェルメールの高みに憧れつつ、まずは目標を「オランダのプチ・メートル」に置き、古い技術書を探してはひもとき、また、ルーヴルに通い詰めていました。
この場合の「プチ・メートル(petits maîtres)」は、レンブラントやフランス・ハルスのように工房を構え大規模に活動を展開していた「グラン・メートル」に対する表現で、具体的には、ヘラルト・ドウ(Gerard Dou 1613年~1675年)やハブリエル・メツー(Gabriel Metsu 1629年~1667年)などを指しています。
ドウは、版画家バーテルミー・ドレントやガラス絵のペーター・コウホールンの下で素描や様々な技法を習得し、その後3年の間レンブラントの門弟として学んでいます。ドウの作品は概して比較的小サイズで、楽器などの小道具が効果的に配置された風俗画・静物画・肖像画が多く、自身で作った筆と細かく砕いた絵具を用いた細密で透明感のある色彩の表現が特徴であるといわれます。ドウの代表作《水腫症の女》はルーヴル美術館の所蔵であり、おそらく岩田もこれを見ていたと思われます。


ヘラルト・ドウ 《水腫症の女》 1663年 油彩/板 86×68cm ルーヴル美術館
ヘラルト・ドゥ 《水腫症の女》 1663年
油彩/板 86cm×68cm ルーブル美術館



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