岩田榮吉の作品
作品点描
ワイン文化(その3:《ベネディクティーヌの瓶》)
地中海ヨーロッパのワインが「力強さ」で愛好範囲を拡大していったのに対して、アルプス以北のフランスなどでは、「繊細さ」で愛好者層を深掘りしていった…と見ることができるかもしれません。もちろん例外もありますが、産地による製品の特質を維持し強調し、長い年月を経て「ブランド」を確立してきたのです。今日「ワイン通」が蘊蓄を傾けるのは専らこの点です。そしてその過程で大きな役割を果たしたのは修道院でした。
ワインは「キリストの血」であり、カトリック教会の重要儀式であるミサに欠かせないことから、信仰とともに広めるため、とくにフランスでは中世以来修道院がブドウの栽培から醸造までを担っていました。綿密な記録、地道な工夫、後進への伝達がブランド確立に寄与したことは想像に難くありません。そしてそれぞれの地域産の特質を洗練させる努力は、ワインばかりでなく、蒸留酒ブランデーや混成酒リキュールにも及びます。
岩田の《ベネディクティーヌの瓶》に登場するベネディクティーヌはレシピの残る最古の薬草系リキュールとして知られます。コニャック由来果実系リキュールの代表銘柄グランマルニエと双璧をなしています(
人物点描~日本館時代~転機(その2)の画像 参照)。ベネディクティーヌはその名のとおり、16世紀ノルマンディー地方のベネディクト派修道院を始祖とする「長寿の秘酒」ですが、今日では食後酒、カクテル、スイーツのアクセントなど様々に用いられています。
《ベネディクティーヌの瓶》 1964年
本作にはこのような来歴を象徴するモチーフが散りばめられ、地中海方面とはまた違う柔らかい光の背景に、瓶を中心とする三角構図でまとめられています。ボトルストッパーには修道士フィギュアが見え、その精神は錐体に姿をとどめています。安定(立方体)か不安定(球体)か鏡をみつつ健康増進に役立つ以外に、男女隔てなくカクテルを楽しめる「酒」となっている…岩田にしては何時になく饒舌な1点と言えるかもしれません。