岩田榮吉の作品
作品点描
魔女(その1《魔女とローソクと馬》)
「魔女」のイメージは、今日、二極に分かれているように見えます。つば付の黒いとんがり帽と黒マントでほうきにまたがり空を飛ぶ老婆の姿がその一つ。仮装のイベントに登場するのを見かけます。もう一つのイメージは、利発で可愛げがありながらちょっと不思議な女性(あるいは少女)。1960年代アメリカのテレビドラマ「奥さまは魔女」(日本でも吹替放送)に始まり、趣向を様々に変えてドラマやコミック、アニメで広まったと言われます。
しかしながら、歴史上どちらのタイプの「魔女」も存在したようです。彼女たちはもっぱら16世紀から17世紀のヨーロッパ、とくにフランスあるいはスペインの辺境や神聖ローマ帝国内の中小領邦で出現しました。そしてその実態は、高齢・貧困・心身障碍などのハンディキャップを持つ女性、薬草を用いる医療や助産など高度な知識・技能をもった女性がほとんどを占め、都市部では機能の中核を担う重職者、聖職者などの妻女も含まれました。
ルネサンスを経て、カラヴァッジョ(1571-1610)、フェルメール(1632-1675)の生きたこの時代、寒冷による不作やペストの流行などと並行して、中世的秩序の分裂が地域の隅々に及びます。時代の変わり目に起きる民衆レベルの不安不信が、悪霊・悪魔についての伝承的世界観やキリスト教の教理と融合して出来上がった集団的妄想こそ、「魔女」「魔女狩り」だったのではないでしょうか。そのために無辜の女性たちが多数犠牲になったのです。
岩田がカラヴァッジョの黒く暗い背景に驚いたとき(
作品点描~《香炉と宝石箱》カラヴァッジョ再認識 参照)、あるいは北アフリカへの旅先でカラヴァッジョの激情に思いをはせたとき(
作品点描~風景素描から(その3:北アフリカ) 参照)、感じたものは「魔女」の出自と同根のヨーロッパの「闇」だったでしょう。岩田の作《魔女とローソクと馬》のテーマは自明です。しかし遂に完成には至りませんでした。
《魔女とローソクと馬》 1965年
本作は1965年作となっているが、一旦は描き入れたサインが消した形跡がみられ、ローソク立て左下の球体に不自然に塗られた絵具跡もある。何らか加筆修正の必要があると考えたものか、あるいは全体に描き直す考えであったかは不明。