人物点描
母校で集中講義
1973年10月6日、岩田は母校東京藝術大学での集中講義のため、パリを出発します。講義のテーマは「油彩細密描写技法」。一般に「集中講義」と言えば、連続3日から5日程度で半年分の単位が取得できることから学生に人気があるのですが、加えて、学外から話題性に富む講師が招かれることが多く、同じ年度の集中講義にどのようなものがあったかを見れば、その時代の文化的傾向をうかがい知ることができます。
藝大美術学部1973(昭和48)年度の集中講義はいずれも40歳代の気鋭によるもので、岩田の「油彩細密描写技法」のほか、高松次郎「現代絵画演習・実習」、藤田吉香「古典技法と現代絵画の関連性について」、そして、旭光学工業㈱研究部長の中島亨「油彩画の光学的分析」が開講されています(「東京藝術大学百年史・美術学部篇」2003年ぎょうせい刊 による)。高松以外はいずれもヨーロッパ絵画の古典技法に関係するものです。
それでは岩田の講義は具体的にどのような内容だったのでしょうか。詳細は不明ながら、これまでの岩田の足跡を見れば、「
フランスでもすでに僕のやりたいことを教えてくれる先生などはもう一人もいない」(
人物点描~日本館時代~転機(その3) 参照)という状態から、古画修復の老職人に聞き、古文献を渉猟し、ルーブルに通い、みずから試して積み上げた知見と技能の集積がベースになっていたことは間違いありません。
当時、集中講義の周知のためにそれぞれ特別なポスターが製作・掲示されていたのでしょうか。岩田の集中講義のポスターは掲示されるや直ちに持ち去られてしまい、何回も貼り直されたという逸話が伝えられています。現物がどこかに残っていれば是非とも見てみたいところですが。
上の画像は、横浜本牧絵画館の
第4回作家・研究者支援プログラム展示(2023年3月)にあたり、同館の発行した図録中に紹介されている「フランドルの油画」の技法見本ページ。岩田の集中講義にもこうした内容が含まれていたと思われる。