岩田榮吉の作品
作品点描
トロンプルイユ(その1)
岩田の作品には「トロンプルイユ」といわれるジャンルのものが画集等に掲載されているだけで17点あり、このサイトのトップページにある《
アルルカン》もそれに属し、岩田の画業を特徴づけています。
「トロンプルイユ(Trompe-l’œil)」は英語ではtrick art、一般に「だまし絵」と訳され、錯覚を計算した表現技法を用いる絵画を指します。その代表的な事例としては、イタリアのパルマ大聖堂の円蓋に描かれたアントニオ・コレッジョ(1489/94年~1534年)のフレスコ画《聖母の被昇天》、花や植物の寄せ集めを男の横顔に見せるジュゼッペ・アルチンボルド(1527年~1593年)の《春》、滝の流れ落ちるその先を追っていくとその滝の上に至ってしまうマウリッツ・エッシャー(1898年~1972年)の《滝》などが挙げられるでしょう。
コレッジョの事例は、この時代、建物内部の円蓋や壁面に円柱や扉・壁龕を描き、その向こうにさらに空間が広がっているように見せたもので、後にカンヴァス上の壁龕だけ、あるいは棚などに置き換えられ、静物画に取り入れられて描き継がれました。アルチンボルドひいてはエッシャーの事例は、心理学的メカニズムを応用して修辞的な面白さを追求することに注力したもので、シュールレアリズムにも取り入れられました。
さて岩田のトロンプルイユ、フランスの美術評論家レイモン・シャルメは
「岩田は洗練されたトロンプ・ルイユのすぐれた画家と定義され得る」(岩田の第1回個展(1970年10月)図録より)と評していますが、同じ図録の中で岩田の師にあたる伊藤廉は
「描写は所謂写実的だが、トロンプ・ルイユではない」としています。これは同じく「トロンプルイユ」と言っても、シャルメではコレッジョのイメージで、伊藤ではアルチンボルドのイメージで語られていることに由来すると思われます。
岩田のトロンプルイユは、殊更に錯覚を期するものではなく、ヨーロッパの古典に学び、遠近法を追求する中から得たひとつの表現技法であって、あくまで岩田が追求した世界をカンヴァス上に表出するための必然であったと言えるでしょう。その意味ではシャルメと伊藤の言は矛盾するものではないのです。
《赤いカーテン(トロンプルイユ)》 1970年
「岩田榮吉画集」掲載のトロンプルイユ
タイトル |
制作年 |
画材 |
サイズ
(縦横cm) |
所蔵 |
備考 |
赤いカーテン |
1970 |
油彩/キャンバス |
61×50 |
横浜美術館 |
20 |
人形 |
1970 |
油彩/キャンバス |
61×50 |
個人 |
32 |
人形と引き出し |
1971 |
油彩/キャンバス |
61×50 |
個人 |
42 |
鎧 |
1971 |
油彩/キャンバス |
22×16 |
個人 |
44 |
ガラス玉の厨子 |
1971 |
油彩/キャンバス |
41×33 |
個人 |
46 |
書棚 |
1974 |
油彩/キャンバス |
27×36 |
個人 |
52 |
ランプピジョン |
1973 |
油彩/キャンバス |
35×27 |
法人 |
58 |
小包 |
1972 |
油彩/キャンバス |
41×33 |
個人 |
59 |
時の小箱 |
1974 |
油彩/キャンバス |
41×33 |
個人 |
61 |
マヌカン |
1974 |
油彩/キャンバス |
116×73 |
笠間日動美術館 |
65 |
人形と角笛 |
1977 |
油彩/キャンバス |
81×65 |
不詳 |
66 |
箪笥 |
1977 |
油彩/キャンバス |
100×65 |
国立国際美術館 |
79 |
窓辺の子供 |
1977 |
油彩/キャンバス |
27×35 |
個人 |
85 |
箱 |
1977 |
油彩/キャンバス |
46×55 |
個人 |
86 |
日本人形 |
1979 |
油彩/キャンバス |
92×73 |
東京芸大美術館 |
94 |
アルルカン |
1980 |
油彩/キャンバス |
119×59 |
東京芸大美術館 |
112 |
カーテンと地球儀 |
1981 |
油彩/キャンバス |
55×33 |
個人 |
116 |
(備考欄は「岩田榮吉画集」掲載番号)